
イギリスの金融規制当局、FCA(金融行動監視機構)は、金融機関が提出する「苦情データ」の仕組みを大幅に改めると発表しました。
これまで五つに分かれていた報告フォームを一つに統合し、提出頻度も年1回から年2回へ倍増。
対象となるのは銀行や保険会社のみならず、FXやCFDを扱うオンライン取引業者も含めた、FCAに登録するすべての事業者です。
新しい制度は2027年1月からデータ収集、同年7月1日が初回の提出期限となります。
今回の制度変更は、FCAが「透明性の向上と弱い立場の顧客保護を強化する」ことを目的に進める、近年では最大級の改革です。
提出頻度は倍に、複雑だった報告制度を一本化
今回の改正で、FCA認可企業は半年ごとに苦情データを提出する義務が発生します。
FCAはこれまで五つに分かれていた苦情報告のフォームを一本化し、報告ルールを統一します。
また提出頻度を年1回から半年ごとに引き上げ、より早期に問題の兆候を把握できる体制を整えるとしています。
FCAのサラ・プリチャード副最高責任者は次のように述べています。
「今回の改善は、業界の透明性と一貫性を高める重要な取り組みです。
苦情データの質を向上させることで、特に支援が必要な利用者を守る力が強まります。」
制度の刷新により、業界全体の運用コストは年間約600万ポンド(約12億円)に増える見通しです。
各社はITシステムの改修や従業員への研修など、初期費用も負担する必要があります。
一方でFCAは11月、70億件を超える取引データの報告ルールを簡素化し、ブローカーの運営コストが軽減されると発表しており、規制強化と負担軽減が同時に進む「アメとムチ」の政策が続いています。
苦情分類が一気に細分化、商品ごとの問題が可視化へ
これまで苦情分類の多くが「その他」に含まれていた問題を受け、FCAは商品カテゴリを細分化します。
FX、CFD、スプレッドベッティング、デリバティブなどが個別に扱われ、トラブルの内容がより明確になります。
特にCFD業者に対しては、FCAは2023年導入の「Consumer Duty(顧客本位義務)」の遵守状況を厳しくチェックしており、価格の妥当性、商品の成果、消費者理解、サポート品質――これら四つの観点ごとに苦情を紐付けるよう求めます。
FXやCFDプラットフォームでは以下のような項目が具体的に分類される見通しです。
- 取引の約定遅延や実行失敗
- スプレッドや手数料を巡る価格面の争い
- システム障害・アプリ停止
- リスク説明の不足
- 強制ロスカットを巡るトラブル
これにより、利用者がどの部分で不利益を受けやすいのかが可視化され、監督当局によるチェックが強化されます。
グループ企業によるまとめ報告を廃止、各法人ごとに提出義務
もう一つの重要な変更が、グループ単位での一括報告の廃止です。
同じ金融グループでも、各英国法人が個別にデータを提出する必要があります。
複数の企業が一つの顧客対応に関与した場合、「件数が二重にカウントされるのではないか」という懸念も上がりましたが、FCAは「早期の問題発見には個社単位での可視化が不可欠」だとして変更を強行します。
弱い立場の利用者への配慮を義務化
今回の改正では、弱い立場の利用者(Vulnerable Customers)に関する報告も義務づけられます。
金融事業者は、
1)弱者であると判明した顧客からのすべての苦情
2)弱者への適切な配慮ができなかったケース
この二つをそれぞれ報告しなければなりません。
FCAが例示する弱者には次のようなケースがあります。
- ギャンブル依存(特にハイリスクCFD取引者)
- 収入減少や失業などによる経済的困難
- 認知機能の低下や精神的脆弱性
- 高齢や疾病により判断能力が一時的に低下している場合
ただし、このデータは公表されず、監督目的のみで使用されます。
事業者からは「弱者の判定基準が曖昧で、収集方法にばらつきが出る」「個人情報保護との整合性が不明確」という意見も出ましたが、FCAは「合法的に保有する情報のみで対応すれば問題ない」と説明しています。
提出期限は6月末と12月末に統一
新制度では、報告期間が6月末・12月末で固定されます。
これまで企業ごとに異なっていた会計基準日は廃止され、提出日が年間を通じてバラバラになる問題が解消される見通しです。
企業は2026年12月末までの「調整期間」を経て、2027年から完全移行します。
なお、半年で苦情が500件以上の企業のみ、社名付きでデータが公表されます。
一部のセクターからは「業種によって妥当な基準が違う」との意見も出ましたが、FCAは全業種共通で500件と決めました。
同日にAIライブテストの開始も発表
興味深いのは、FCAが今回の発表と同日にAIの実証プログラム「AI Live Testing」の開始も公表したことです。
参加企業にはナットウェスト、モンゾ、サンタンデール、スコティッシュウィドウズなど英国の大手が名を連ねます。
苦情処理、与信判断、家計アドバイス、顧客コミュニケーションなど、金融機関の「人の作業」がAIに置き換わる領域を、規制当局がリアルタイムで監督しながらテストする仕組みです。
2026年4月からは第2期がスタートする予定で、FCAは「AIだけを対象にした新たな規制は作らず、既存ルールを適用する」という方針です。
まとめ
今回の制度改革は、英国の金融業界にとって大きな転換点になります。
特にFX・CFD業者にとっては、
- 報告頻度の倍増
- 商品分類の細分化
- 弱者保護データの収集義務
- グループ単位の一括提出の廃止
と、実務面の負担は確実に増えます。
一方で、透明性の向上はユーザーにとってもプラスであり、
「問題の多い事業者が早期に露見しやすくなる」環境が整いつつあります。
英国市場で事業を展開するブローカーにとって、2027年は新しいルールでの競争力が試される年になりそうです。